「第28全国中学生人権作文コンテスト」香川県大会 入賞作品
主催:高松法務局・香川県人権擁護委員連合会
共催:四国新聞社、後援:香川県教育委員会・NHK高松放送局
応募:県内45校、6,527編
最優秀賞(高松法務局長賞)、全国人権擁護委員連合会長賞

 
「勇気の第一歩」
                                            土庄中2年 女子
 私は,差別を受けた事はありません。なのになぜ,差別を考えるかというと,私のお母さんが部落で生まれ育ち,さまざまな辛い思いを経験したことを聞いたからです。
 お母さんが,自分の住んでいる地域が部落だと意識したのは,中学の頃,初めて友人の家に遊びに行ったときのことだそうです。
 「おじゃまします。」と友人の家に上がったとき,友人のお父さんは心よく「どうぞ。」と言ってくれました。いろいろと楽しく話しているうちに「あなたはどちらの子供さん?」と聞かれたので答えると「そう。」と笑顔で答えてくれたのですが,その場を立ち上がると奥へ行き,友人のお母さんに「あの子,大丈夫?」と言っているのが聞こえてきたそうです。
 家へ帰り,両親にその出来事を話すと,自分の立場と部落差別について聞かされ,すごくショックをうけたそうです。
 それからは,二度とそんな思いをしたくなくて,自然に自分と合う友人を探して遊ぶようになり,部落差別をする人たちに反発するかのようにだんだんと不良ぶっていったそうです。そうして,何かあるたびに「あの子は部落だから。」と言われてきたそうです。
 私から今のお母さんを見ると,私や家族のために一生懸命がんばっている,普通の優しいお母さんです。
 お母さんは言っていました。
「部落を作っているのは差別するみんなの心だよ。部落を嫌がる人が部落を作っているんだ。」と。
 部落だからあの子と遊ばないとか,部落の人はこわいとか,そういう事を言っている人と部落の人との間には,必ず深い溝ができていて,あまり親しくないように思います。だから,人と人との輪がすごく小さな物にも見えます。そんな事を言わない人の輪はとても大きな輪ができています。
 「部落の人は悪い」と言うけれど,部落でない人だってまちがいや悪さはすることがあります。人の一部分だけ見て悪い悪いと決めつけたり,一部の人だけ見て部落の人はみんな悪いと決めつけたり,そんな偏った物の見方,考え方で人を不幸にすることは決して許されることではないのです。
 また,部落差別をしている人は,部落だけでなくいろいろな面で人を差別して,結局自分の友達の輪を小さくしていっているように思います。それは,差別されている人を不幸にするだけでなく,自分自身を不幸にしていることになるのではないでしょうか。
 私も,この作文にお母さんが部落出身と書くことはとても抵抗がありました。正直な気持ち,みんなに知られたくないと最初は思いました。なぜ嫌なのか答えが見つかりません。
 ただ,部落だからです。
 ただそれだけのことで,私は大好きなお母さんを差別してしまうところでした。
 「差別はいけない」とえらそうに思っていたけれど,そう言っている自分の心の中にも差別の心があることに今回初めて気がつきました。その私がお母さんに対して,今どうすればいいのかを考えたとき,勇気を出してお母さんのことを書こうと決心しました。これが今の私にできる差別をなくす第一歩です。
 部落は何が違うのか。
 私は今でも部落がなんなのかわかりません。だって,胸を張って堂々と生きるお母さんは,私にとって世界一のお母さんだからです。
<審査委員長の講評> 「内なる差別意識にもまなざし」 「四国新聞2008年11月28日」から抜粋
 高松法務局長に選ばれた「勇気の第一歩」は、中央大会でも全国人権擁護委員連合会長賞を受賞。被差別部落出身ゆえにさまざまな辛い思いをした体験を母親から聞いた筆者は、理不尽な部落差別の現実を初めて知る。「部落とは何」「部落だから悪いのか」−自問自答の中から、当初、母親のことを書くのをためらった自分の心の中の差別意識に気付かされ、こう結んでいる。「私は今でも部落がなんなのかわかりません。だって、胸をはって堂々と生きるお母さんは、私にとって世界一のお母さんだから」。
 「部落差別をしている人は、部落だけでなくいろいろな面で人を差別した、結局自分の友だちの輪を小さくし(中略)自分自身を不幸にしている」という筆者は差別の本質的問題を深い部分で把握できており、まっすぐに事実を見据えるその毅然とした姿勢に感銘を受けた。表題通り、勇気をふるって一歩を踏み出した筆者に大きな拍手を送りたい。